ムスジイトトンボの大繁殖

 井の頭池は2014~2018年に3回のかいぼりが行われました。かいぼりの一番の目的は外来魚のブラックバス・ブルーギル等を駆除することでした。1回目のかいぼりが終わった後の2014年夏、池を観察していると、かいぼり直前にはほとんど見られなかったウチワヤンマ・コフキトンボ(帯型のメス)・チョウトンボなどがいるのに気が付きました。「かいぼりによってトンボも増える」と実感したのです。

その実感を確かめるため、3回目のかいぼりが終わった2018年から、井の頭かんさつ会と発足したばかりの井の頭 自然の会の有志メンバーで池のトンボ調査をすることになりました。

翌2019年5月のこと、自然の会のメンバーが、今まで井の頭池で見たことがなかったイトトンボの写真を撮ってくれました。調べてみると、眼後紋の形、背の黒い線の中に白い斑紋がある、腹端の二節の青い部分の様子などから「ムスジイトトンボ」(♂)とわかりました。

▲自然の会のメンバーが撮ったムスジイトトンボの♂ 2019年5月20日

次いで、井の頭かんさつ会の田中利秋さんが、5月25日に不明イトトンボのヤゴ゙を発見、6月2日に羽化したイトトンボの写真を見せてくれました。それはムスジイトトンボのメスでした。

▲田中さんが井の頭池で見つけたヤゴ(2019年5月25日)

このことから、ムスジイトトンボはかいぼりが終わった2018年には井の頭池に現れ、産卵していたのだと推測されます。パイオニア的な性質が強いトンボなのかもしれません。

地元の公園の池は、かいぼり後に復活したツツイトモが盛大に繁茂するようになり、ムスジイトトンボ(のオス)はそのツツイトモの上に止まっていることが多かったです。イトモが消失した場所や時期には、ムスジイトトンボも見えなくなりました。

▲藻の上にとまるムスジイトトンボの♂ 時々飛んではメスを探す。

8月に入ると、池の周りから見渡す限り、ムスジイトトンボが乱舞するようになりました。

イトモの上を飛び回る♂、交尾・産卵するペアが数えきれないくらいです。池回りから見える範囲のムスジイトトンボの数を数えた結果、500匹を越えていました。

▲水面に浮かぶ葉や水草に静止してで交尾するムスジイトトンボのペア
▲連結状態で産卵するメス。水草の組織内に卵を産み付けるメスは、時に完全に水中に潜ってしまうこともある。

過去の井の頭池のトンボ調査の記録をいろいろ調べてみましたが、ムスジイトトンボがいたという記録はみつかりませんでした。

「日本のトンボ」(尾崎暁・川島逸郎・二橋亮著 文一総合 2012年初版発行)で分布図を見ると、関西以南が中心で、海岸線に沿って広がっています。そして、「近年関東地方などでは分布域が北上している。」とありました。また、ヤゴの生息環境は「平地の浮葉植物や沈水植物が繁茂する開放的な池沼」ともあります。別の本では「クロイトトンボ属の中で、もっとも暖地に分布しているイトトンボです。」という記述も目にしました。

井の頭池はかいぼり後、埋土種子から水草が大繁茂するようになりました。また、近年の夏の猛暑なども、ムスジイトトンボの絶好の繁殖条件になったのでしょう。

2020年、2021年も、ムスジイトトンボの数は減るどころか、増える一方です。最近の調査では、1回に1000匹以上を数えるほどになりました。今後どのように推移していくのでしょうか。

▲池回りの杭にイトトンボのヤゴの抜け殻が多数。いかに多く羽化したかわかる。

かいぼりによって井の頭池のトンボの種数も個体数も増えたことは間違いありません。けれど、それは以前にいたトンボがみんな個体数を増やしたというわけでもなく、一度絶えたトンボが復活したわけでもなく、全く新しいトンボが一番増えたわけです。

「かいぼりによってトンボが増えた、よかったよかった。」で終わるのではなく、これからの井の頭池をどう保全していくのか、こういうトンボの生息状況もよく分析して考えていく必要があると感じました。

文責:Takaku

ヤマガラの分業制 その2

先日の記事『ヤマガラの分業制』をアップした後、複数の知人に、ヤマガラの餌渡し行動に関する知見や文献の有無を聞いてみました。

『砧公園で同じ行動と思われる場面を見た』という井の頭自然の会のメンバーからの報告が1例あり、また『2020年のラインセンサス調査のときにも見た』と同じく当会メンバーの報告もありました。また、ネットを介して知り合った方からは『富士山麓で、すでに雛は巣立っていたが、成鳥雄から成鳥雌への餌渡しを見た』という報告がありました。

そして、恩師の安西英明先生から、日本野鳥の会の会長である上田恵介先生(立教大学名誉教授)や、日本鳥学会の会長も歴任された樋口広芳先生(東京大学名誉教授)に「ヤマガラの餌渡し行動」について問い合わせていただき、両先生から貴重なアドバイスをいただくとともに「今後の調査の発展に期待します」というメッセージをいただきました。

その後、ネットでこの行動に関連する論文をいくつか発見しました。

ヤマガラの巣箱設置による繁殖個体数増加と高密度下における繁殖生態 (荒木田 善隆 1995)

上記論文では、抱雛期(孵化後の雛にまだ羽毛が揃わず、親が温めなければならない期間)に、巣の中でも雄から雌に餌が渡されるパターンがあり、その場合も雌が翼を震わせる求愛給餌同様の仕草があるとのこと。

そして、育雛期間の雌雄の給餌回数が1988年のつがいが「雌152回,雄124回」、1989年のつがいが 「雌207回,雄91回」と雌に偏りがあることが報告されています。

カラ類3種の育雛行動における雌雄間の比較
近藤 崇, 早瀬晴菜, 肘井直樹 (名古屋大・生命農・森林保護 2016)

この発表にはシジュウカラ、ヒガラ、ヤマガラの給餌回数に関する報告があり『シジュウカラとヒガラでは雄が約50–70%,逆にヤマガラでは雌が約50–80%』と報告されています。

これらの報告にあるように、ヤマガラの給餌回数が雌に偏っているのは「餌渡し行動」があるからにほかならないだろうと想像しています。

しかし、餌渡しの多い事例と少ない事例があるようです。それはぺアの個性によるものなのか?あるいは巣と餌場の距離関係などによって頻度が左右されるのか?そのあたりを調べていきたいと考えているところです。

ヤマガラ幼鳥 2022/6/25

樋口先生から教えていただいたのですが、ヤマガラは雌から雄に求愛給餌することもあるそうです。そして巣立ち後に雛が2つのグループに分かれて、成鳥雄と雌がそれぞれ分担育雛することもあるそうです。

上記の写真を撮ったとき、成鳥1と幼鳥2だけしか見られなかったので、もしかするとグループに別れているところだったのかもしれません。

行動を観察するのは楽しいですが、この時期になると幼鳥たちも木の高いところまで行くので、首が痛くなります・・(笑)。

suzuki

ヤブヤンマの大発生

2018年5月10日のこと、野鳥カメラマンたちが小鳥の森でトンボの写真を撮っているのに遭遇しました。何だろうと見ると、ヤブヤンマのようです。

▲羽化中のヤブヤンマ

2頭いて、どちらもヤゴの抜け殻の傍にぶら下がっています。すでに腹も伸び翅もきれいに広がっていますが、ここで羽化した個体に違いありません。あたりを探してみると別の場所にヤゴの抜け殻があと2つ見つかったので、少し前から発生が始まっていたのでしょう。

▲次々と羽化するヤブヤンマ

その後気になって時々チェックしてみると、驚いたことにヤブヤンマの羽化は次々と続き、7月8日までの間に私が確認しただけで20頭以上が羽化していました。羽化したもの以外にも、フェンスや草などにヤゴの抜け殻がたくさんついています。全部を総合すると、この池から羽化したヤブヤンマは少なく見積もっても50頭はいたようです。

▲あちこちに抜け殻が。

羽化したてのヤブヤンマは未成熟で、成熟するまで別の場所へ移動して餌などを捕っていると思われます。近くの広場で大きめのヤンマが飛び回っているのを目にしたことがあるので、それがここで羽化したヤブヤンマだったのかもしれません。

6月も下旬ごろになると、池を周遊するヤブヤンマの姿が見えるようになりました。成熟したオスがメスを探しに来たり、メスが産卵しに来たりしているようでした。

盛夏の時期のヤブヤンマは、日中猛暑を避けて暗い樹林の中で休憩し、涼しくなった夕方、黄昏飛翔をします。成熟したきれいなオスが休んでいる姿も見られました。

▲青い目が美しい成熟したオス

ヤブヤンマはそれほど珍しいトンボというわけではありませんが、この池からの発生は初確認でした。また1か所からこれほど大量に発生したということにも驚かされました。

こんな小さな池に50匹ものヤブヤンマが羽化してきたのはなぜなのでしょうか。

この池は、数年前に野鳥の水場として新しく作られた小さな人工的な池です。初めは生き物など何もいなかったのですが、そのうち春になるとユスリカの仲間が大発生したり、カゲロウやトビケラの仲間がたくさん羽化してくるようになりました。

▲水場のフェンスに止まるユスリカ・カゲロウ・トビケラの仲間

たぶん、そこへヤブヤンマのパイオニア・メスがやってきて産卵したのでしょう。餌のユスリカやカゲロウの幼虫はたくさんいて、競争相手も天敵もいない状態だったので、産み付けられた卵の生存率が非常に高かったのだろうと推測されます。また、周りの環境もヤブヤンマの好みに合っていたに違いありません。

この大発生は、続くのでしょうか。その後、2019年~2021年と観察を続けていくと、予想はしていましたが、発生数は年々半減していきました。今年はまだ見ていません。(見られるといいのですが。)

発生数が減少していった要因は何でしょうか。一つは天敵です。冬の間、カメラマンが、キセキレイなどがヤゴを捕食している写真を撮っていました。カルガモも居つくようになり、カメ(アカミミガメを捨てていった人もいたようで、これが居ついたらヤゴたちは全滅するかもしれません。)も見かけました。

もう一つは競争相手です。この池にはその後、オオアオイトトンボ・リスアカネ・マユタテアカネ・オオシオカラトンボ、そしてクロスジギンヤンマも現れ、産卵するようになりました。それらのトンボのヤゴたちが餌をめぐって競合するようにもなっているはずです。

環境に変化が起きると、生物相がどのように変わっていくのかがよくわかるケースでした。

文責:takaku

ヤマガラの分業制

 5年ほど前まで、井の頭でのヤマガラは『冬になるとやってくる鳥』という位置づけで繁殖はしていませんでした。

 井の頭自然の会が発足した2018年に1例の繁殖(過去10年で2例目)が確認されましたが、翌2019年は繁殖は無くなり、単発だったのか?と思いましたが、2020年からここ3年間は毎年複数個所で繁殖が確認されるようになり、数も増えてきています。

 ヤマガラの繁殖行動が身近なところで観察できるようになり、巣内育雛期の餌の運び方がシジュウカラとは違い、分業になっていることに気が付きました。

 下記の写真は2021年の5月2日のものです。

奥の成鳥も手前の成鳥も餌をくわえているのがわかると思います。手前の成鳥は翼を小刻みに震わせて、餌をねだるポーズをしています。
奥の成鳥の嘴から餌が無くなっています。
手前の成鳥に餌が渡されています。しばらくすると手前の成鳥は飛んで行って、下記の巣に餌を運びこんでいました。
この写真は上記3枚の餌渡しの直後ではなく、同日ですが少し時間が経ってから撮ったものです。

 最初にこの行動を見た時は「繁殖期真っ只中なのに求愛給餌してるのか?」と不思議に思いましたが、餌を渡された成鳥が巣に向かうことが確認できて、なるほどヤマガラはもっぱら餌を獲る係と、餌をすこし獲るものの、途中で「リュリリリリリリ・・・」というような細くてかわいい声を出し、翼を震わせて「運びますよ!」と合図し、相方から餌を受け取って運ぶ係に分かれていることを知りました。

 今年2022年にも、同じ行動を確認できました。

 私はシジュウカラではこのような行動は見たことがありません。

 餌場と巣とを往復する回数が減るという事は、それだけ餌を探す時間が多くなるので、給餌の効率としてはヤマガラ方式のほうが良いと思います。

 このようなヤマガラの餌の運搬、分業制についてネットで検索してみましたが、J-Stageなどに論文も無く、あまり知られていないようです。

 余力があれば、トレイルカメラなどでシジュウカラとヤマガラの帰巣回数や1回に運び込む餌の量など調べてみたいのですが、なんせ忙しいのでデータをとる時間がありません。学生さんなどで手伝ってくれる方いないでしょうかね?

suzuki